2013年9月6日金曜日

自分の心を、「楽」にする生き方~⑤



「自分自身の本質を認め、継続による第二の天性を手に入れる」

一週間ほど、続けてきたこのシリーズですが、一旦、今回で終了いたします^^
本日は④の章、⑤の章、二度、連続の更新になります。
ご面倒でなければ、前回、または①の章からご覧下さいませ。

そういえば「Mjmプロジェクト」の更新自体、本当は日本婚礼文化の継承のためにはじめたんだっけ、と、好き勝手書きながら1ヶ月も経って思い・・・
ここまで、お付き合い下さった方々、本当に有難う御座います^^

さて、今回は、前回までの4回更新分の繰り返しになるかも知れませんが、

「楽観主義と悲観主義」

をテーマに、まずお話をさせて頂きたいと思います

楽観主義(楽天主義)とは、簡潔すれば、
「この現実世界の全ての出来事は、天に与えられた考えられるうち、最善の世界であるという考え。」
哲学上では、最善説とも呼ばれます。
悲観主義とは、
「人知の及ばないこの現実世界では、人生は悪と悲惨が待っているという考え。」
厭世観とも最悪説とも呼ばれることがあります。

このふたつの対比する思想・哲学を、コップの水に例えられることが多いので一例として。
残されたコップの水が、半分だったとします。
「まだ、半分残っている」楽天主義
「もう、半分しか残っていない」悲観主義
と、表現すると解り易いでしょうか。

今回だけはどちらの考えが正しいとか間違っているとか、言えない、と綺麗事を言いません、ただ、私個人の経験則としては、まだ結果が出ていないものに対して、「悲愴・悲観」で物事に当たると、絶対に良い結果は生まれない、と思っています。

とは言っても、私は生まれ持った気質が完全なるマイナス思考(ネガティブシンキング)なので、元々は言ってみれば悲観主義だったと言えるでしょう。

これは私の勝手なデータ収集と推測の範疇での分析です。お許し下さい。
私が、新人教育で良く質問する項目として・・・

「貴方の自己PR部分を書きなさい」と。
多くの答えは、「明るい、素直、協調性が強い」など。

次に、「5年後の自分に手紙を書きなさい」と質問します。
そうすると書き出しが、
「5年後の私へ。今でも素直ですか?皆のことを思い遣れていますか?」
という疑問形が多い。

自分勝手なデータ推測で申し訳ないですが、自己PRの答えが実は自分にとって絶対の長所として捉えられていない。
実に70%以上は、自己PR=現状で(無意識に克服したいと願う)コンプレックスだと、私は受け止めています。

それは全く、悪いことでは有りません。
「自らのコンプレックスを知った上での自分自身を変えるための思い込み」
それこそ、人生を切り拓く上で最も強いものは無い、と信じています。

私の座右の銘は、

「全ての成功(success)は、継続(succeeding)が創る」です。

これは、先人の偉大なる教え、言葉に感銘を受け自らまとめた、いわゆる人真似である造語ですが、こと、ビジネスにおいて、私自身を揺るぎない自身として支えてくれているとても大切な銘なのです
元となった言葉は、「継続は力なり」「習慣は第二の天性」という国を越えた古い故事です。

私は生まれつき、陽ではなく、「陰」の強い気質を持っています。
しかし、それを知った上で、思考の継続により、陽の気質をも手に入れました。
自らの先天性気質を認めた上での継続で得た、第二の天性は、経験上、ある意味どんな先天性のものよりももっと正確に人生を図ることが出来ると言えます。
今では、自分自身にある陰陽を認めているからこそ出来る、両方の側面からの判断こそ至善、と捉えています。

とは言っても、これも、そんな偉そうな話では無いのですよ。
私が本質的に「陽」に生きていきたいと思ったのは、本当に些細なことです
自分が信じて疑わなかかった部下たちからまとめて反目を受けた際、自分が一番拠り所にしている部下から救われたのです。

「福本さんの傍には、求めていた全員の部下がいた訳では無いかも知れないが、今、自分を含めて最低数人は、福本さんの心の傍にいる」

本当に、心洗われた瞬間でした。

「自分の周りは見えなかっただけで敵だらけ。味方は殆どいない」
ではなく、
「慢心していただけで、本当の仲間は自分以外にも数人もいる」

私の目からウロコが数十枚(何枚あるんでしょうw)が、落ちた瞬間でした。

例えば、高校野球。7回まで0対0の投手戦。7回の裏に満塁ホームランが飛び出し、一気に展開は「0対4に」

そこで、

「もう残りの攻撃が、あとたった二回しかない」と考えるか、

「まだ二回も、反撃のチャンスがある」と考えるか、

臆することなく、勝利を信じてバッターボックスに立てるのはどちらか。

でも、人生とは、そんなものかも知れません。

「余命半年の命、だんだんと体もいうことを効かなくなってきた」

よりも、

「余命半年の命、だんだんと体もいうことを効かなくなってきたが、まだ、生きている」

私自身の勝手な思いで締めて申し訳ありませんが、私自身、そんな人生を送りたいと、今、心から望みます。

偉そうに書きましたが、人生論なんて私にとってもまだまだ長い年月を掛けなければ判りません。
ですが、今42歳と8ヶ月で感じる何かを、若い方々に伝える事ができれば、これ以上ない感動とも自ら感じます^^

人生は常に失敗と検証の繰り返し、成功へ向けてのチャレンジを続けましょう♪

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